Aイギリスの侵略〜ビートルズ登場〜
2 BEATLES 



初期ビートルズ




後期ビートルズ




ペット・サウンズ
 60年代、いやロックン・ロールの歴史を語るときに絶対に避けられない存在といえばビートルズである。どんなに音楽にうとくても、この名前を知らないという人は珍しいだろう。
 このビートルズがレコード・デビューした1962年から1970年に解散するまで、彼等は大多数の若者たちに支持され、同時代にいた多くのミュージシャン達にも影響を与え、又、与えられながら大きな功績を残す事になる。 
 ビートルズはデビューしたての頃はエルビス・プレスリーやチャック・ベリーといった、50年代のロックン・ロールからの強い影響が見て取れるバンドであり、熱狂的な支持のされ方はエルビス・プレスリーに代わるものであった。そんなデビュー当時の彼等のトレードマークと言えば、あのマッシュルームカットであり、当時は「男のくせに長髪にして女みたいに前髪を垂らしている」と言われ、エルビス・プレスリーの時代からあった「ロック=不良」というイメージに、新たに「ロック=長髪」というイメージを作り上げた。そんな彼等を真似た若者達が不良と呼ばれて親にしかめっ面されたのは想像に難くはない。そんなビートルズの人気は留まる事を知らないかのようにどんどん上がる一方で、ついに彼等は出身地であるイギリスからロック生誕の国、アメリカへと上陸する事となる。
 
 1964年、ビートルズはアメリカでも熱狂的に迎えられ、アメリカの人気音楽番組、「エド・サリヴァン・ショー」に彼等が出演したときの放送は、記録やぶりの7300万人が見たとまでいわれる歴史的なテレビでの生演奏となった。このビートルズのアメリカでの成功を期にイギリスのトップクラスのバンドが次々にアメリカへと進出していき、ことごとく成功を手に入れるのであった。
 このようにビートルズを筆頭にしたイギリス勢が成功した要因の一つには彼等が自ら作詞作曲し、唄い、楽器を演奏した、シンガー・ソングライターだったということも影響しているといえるだろう。今でこそミュージシャンが自作自演することなどは当たり前になっているが、当時はバンドのメンバー以外に作詞作曲をする人がいて、その人達が完成させた曲をバンドが演奏するといった形が多かったのだ。
 
 この状況に危機感を感じたのはもちろん他でもないアメリカのミュージシャン達であった。そうした中で、ビーチ・ボーイズバーズといったアメリカのバンドたちは創意工夫を重ね、イギリス勢に追いつけ追い越せというように奮闘した。特にビーチ・ボーイズはそんな状況のなかで、65年にビートルズが発表した「ラバー・ソウル」にショックを受け、それまでのビーチ・ボーイズのスタイルを一変した「ペット・サウンズ」というアルバムを66年に発表する。
 ビートルズの「ラバー・ソウル」は、彼らの音楽に染みこんでいた、ポップで覚え易い、メロディー主体の「50年代ロック・ポップス」からの影響を、ある意味で払拭し、より音楽性を重視した内容で、全編に渡って落ち着いた雰囲気を持った、ちょっと大人の、情緒と詩情溢れるアルバムだった。これにより、自分達も成長する事を悟ったビーチ・ボーイズも、それまでのアイドル、ただの好青年的イメージからの脱却として、より音楽性や、アルバムとしての完成度に重点を置く音楽つくりを、「ペット・サウンズ」で目指した。

 これが逆にビートルズにも多大な影響を与え、後にビートルズが発表したロック史に金字塔のごとく名を残すこととなったアルバム、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハ―ツ・クラブ・バンド」へと繋がっていくのだった。