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16. 第二の侵略 〜ニュー・ウェーヴ〜  NEW WAVE
 70年代末期から80年代初期のアメリカのロック・シーンは、半ばネタ切れ状態であった。新人の発掘をしないから、これといってスターも出ない、ベテランのビッグなバンドやミュージシャンは活動停止、または解散状態・・・。せいぜい映画業界と手を組んで、サントラでヒットを生み出し、チャートを賑わすことくらいしか出来なかった。
 そんなアメリカのロック・シーンに一種の不毛感が漂い始めた頃、「隙あり!」と言わんばかりに、それを吹き飛ばすかのようなフレッシュな新人達が、海外から押し寄せてくる。
 まずコアラの国、オーストラリアからは正統派ハード・ロック・バンドAC/DCがアメリカを制覇。80年発表の「バックイン・ブラック」は全英ナンバー・1、全米4位という快挙を成し遂げた。続いてローズ・タトゥー、メン・アット・ワーク、オリビア・ニュートン・ジョン、カイリー・ミノーグなどが、ロック・ポップ問わず、アメリカの音楽シーンに登場した。同時に映画でも、その頃のオーストラリアは熱かった。メル・ギブソンの出世作「マッド・マックス」シリーズや、あのエンディングは一回見たら忘れられない「クロコダイル・ダンディー」など、今まであまりかえりみられる事の無かった「オーストラリア文化」に注目が集まった時期だった。
 さらにビールとウインナーの国、ドイツ(当時は西ドイツ)からは、スコーピオンズ、マイケル・シェンカー・グループなどが、ハード・ロック熱の強い西海岸を中心に人気を博す。


 60年代に、ビートルズ等イギリス勢の台頭で起った「ブリテッシュ・インベイション」(イギリスの侵略)を覚えているだろうか。ハード・ロックの時にも書いたが、今回ももちろんアメリカのヒット・チャートはイギリス勢に乗っ取られる。その頃のイギリスはアメリカと違って、パンク・ブームの嵐が国中に吹き荒れ、刺激を受けた若者たちは活気と創造力に溢れていた。ピストルズやクラッシュ風の「もろパンクです」というスタイルのバンドもいれば、それとはまた違った、もう少し洗練された形のアプローチで、新しさを出そうとしたバンドもいた。
 スティング率いるポリスや、ヴォーカルのボーイ・ジョージが凄いインパクトのカルチャー・クラブ、いまだにアイドル扱いだけど実力充分のデュラン・デュラン、その妖艶な出で立ちからのちの日本のビジュアル系にも影響を与えたと言われているジャパン。これらのバンドは、ニュー・ウェーブまたはニュー・ロマンティクスと呼ばれ、新たなるジャンルとして注目された。これらのイギリス勢に共通していたのがファッショナブルでありセクシーだったという事だ。

 カルチャー・クラブ(ボーイ・ジョージ)の「デヴィッド・ボウイもそこまではやらなかった」と言われそうな、本当のオカマ・スタイルも凄いが、白人と黒人が混合したメンバー編成も、新しかった。実際、ボーイ・ジョージはデザイナーをやっていたそうだから、そのファッション・センスには自信があったのだろう。デュラン・デュランはメンバー全員が美形でスタイル抜群、その上各々の作詞作曲、楽器演奏も一流だった。
 
 パンクは、以前にも書いたとおり、音楽的な革命でもあったけれども、ファッションにも大きな影響を与えた。ピストルズのマネージャー(仕掛け人)であったマルコム・マクラーレンの「セックス」という、いかがわしいブティックでは、「ピンク・フロイドが嫌いだ」とだけ書いたTシャツを飾っていたと言うから、マルコムのファッション・センスが当時としてはかなり斬新であった事が分かる。だからピストルズは、ある意味においてデザイナー・マルコムの「マルコム・ブランド」のモデルとして利用された面もあったと思う。それにピストルズのメンバーも、マルコムのデザイン性を「カッコいい」と思っていたのだろう。結果的には音楽も、そのファッションも革命的に受け、若者に大きな刺激を与えた。
 
 そんなパンクの洗礼を音楽的にもファッション的にも受けたのがこれらニューウェーヴのバンドたちだった。そして彼ら<イギリス発の華麗でフレッシュな新人>たちは、みるみるアメリカのチャートを席巻して行った。彼等は同時に、そのファッション性を最大限に見せ付けるため、当時まだ開局したばかりで、アメリカ本国のバンドからは軽蔑されていた「MTV」(81年開局)をフル活用した。その活用の仕方は、今までのビデオ・クリップの様式を覆す、画期的なものだった。
 それまでのビデオ・クリップといえば、大体がコンサート風景だったり、又はただバンドやミュージシャンが歌って踊ってたりと、ハッキリ言って、「ファンの為だけに作られていた」といっても良いような代物だった。しかしデュラン・デュランやカルチャー・クラブのビデオクリップは、そうではなかった。たった4分足らずのビデオの中に、(一応)曲に合ったストーリーを展開させ、わざわざロケーションまでし、その上メンバーが(セリフこそ言わないが)結構本格的な演技を見せたりした。そんな、まるで映画の様なビデオは、ファンならずとも「観てるだけでおもしろい」と思わせるものがあった。


 その「MTV」は、81年にアメリカで開局したのだが、ビデオ・クリップなる物の「型」を作り上げたのは、皮肉にもイギリス出身の彼らニューウェーブのバンドたちだった。アメリカやオーストラリアの垢抜けないアイドルやロック・バンドとは違う雰囲気を持つ彼等に、アメリカの若い女の子たちは飛びつき、そのファッションを真似したりした。ニューウェーブの登場によって、ロックとファッションは完全に結びついたのだった。
 「第二のブリティッシュ・インベイション」に、いよいよ焦ったアメリカは、今まで怠ってきた新人の発掘を開始せざるを得なくなった。アメリカという国は本気を出すと怖いもので、ここから、一瞬にして全世界を取り戻し始めるのだ。 
 
 


カルチャークラブ



1st「キッシング・トゥ・ビー・クレヴァー」



デュランデュラン「リオ」



JAPAN「苦悩の戦慄」



ポリス



ジェネレーションX



デュランデュラン
「リオ」PV







    


目次 
1.エルビス    6.ウッドストック   11.プログレ   16.ニューウェーヴ   21.グランジ
2.ビートルズ登場   7.グラムロック   12.NYパンク   17.ガールズポップ   22.カートコバーンの死
3.ボブ・ディラン
  8.三大ギタリスト   13.セックスピストルズ    18.ヘヴィメタル   23・4.ブリットポップ 
4.狂宴の60年代   9.パープルとツェッペリン   14.サントラ映画   19.LA.メタル   25. 多様化・細分化
5.ロックと芸術    10.70年代ロックシーン   15.産業ロック   20.ガンズとメタリカ    

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