衝撃的なデビュー・アルバムと、エキセントリックな言動で大衆的成功を収めたカート・コバーン。しかし、それは自分が最も忌み嫌う<スター><偶像>への階段だった・・・。とは言うものの、92年には女優で歌手でもあるコートニー・ラブと結婚し、「90年代のシド・アンド・ナンシー」と称され注目される。こういう騒がれる事が分かり切っている、確信的な行動をしておきながら、彼はプライバシーの欠如や、マスコミが報道する無数のゴシップに怒り狂った。その怒りと苦悩は93年発表のセカンド・アルバム「イン・ユーテロ」に詰め込まれた。これが前作よりも過激で、内向的で、絶望的で、本人曰く「売れないように作った」という程の、怒りに満ち満ちた問題作だったにも関わらず、又もや全米ナンバー・ワンを獲得。ますますスター街道一直線だ。
売れたくないのに、スターにはなりたくないのに、世間は騒がしたい、注目されたい・・・。自己矛盾とジレンマに陥った彼はドラッグに溺れ出し、その行動も痛々しい位不可解になっていった。94年の3月には、鎮静剤の過剰摂取で入院するが、脱走。同年4月、自宅で猟銃自殺を遂げる。
カート・コバーンの自殺の原因は、通説では「スターになったらから自殺したんだ」ということになっている。「スターになって、ロックの産業システムに組み込まれて、プレッシャーで死んだのだ」と。だとしたらカート・コバーンの策略は自身の<死>をもって完成されたという事になる。そんな単純な理由なのかと疑問に思うが、自己表現の為に、大衆やレコード会社、あらゆる権力に媚びるなというカート・コバーンの鳴らした警鐘は、<教訓>として、それ以降の時代が背負ってゆくことになる。
ロック・シーンは、94年から現在までの10年間、ほとんど何も変わっていない。相変わらず閉塞感と倦怠に支配されており、これといった特徴のあるムーブメントは起きていない。それは一概にカート・コバーンの自殺に拠るとは言わない。それには音楽ジャンルの多様化、誰もが人と違うものを求めるようになって、音楽のマーケットがミクロ化、細分化してしまったという背景もあるだろう。しかし彼の自殺以降、「80年代的なもの」「スターを感じさせるイメージや言動」がイギリス・アメリカのロック・シーンにおいて<タブー>とされてしまったというのは、事実だ。
ニルヴァーナ以降に登場した、今でもそれなりに人気のあるロック・バンドで、華やかなバンドは少ない。ブラー、オアシス、レディオ・ヘッド、ナイン・インチ・ネイルズ、スマッシング・パンプキンス、リンプ・ビズキット、オフ・スプリング、アンドリュー・WK・・・。どれも悪くはないが、「ああ、この音、これがこの時代だ!」と感じさせてくれるような域にまで達していない。詞も、言動も、ファッションも、ライブ・パフォーマンスも気の抜けた生ぬるいビールのように味気ない。
アメリカでは、ヘヴィー・メタルをラジオで流さないというし、モトリー・クルーなどは、新作のプロモーション・ビデオなど、もはやMTVでも流してもらえないから、制作すらしないという。これはごく最近の話だが、ビューティフル・クリーチャーズというバンドのヴォーカリストなどは、かつて80年代に活躍していたというだけで、名前を変えさせられ、その事実を公表しないようにと、レコード会社から口止めまでされた。「80年代を2度と繰り返してはならない」「スターを2度と生み出してはいけない」なぜだかそんなおかしな反省が今のロックシーンに充満していて、いっこうにふっきれそうにないのが現状である。今のロック・シーンは灰色だ。色褪せてる。偏屈な感覚が蔓延する状況下で、新しいロックが生まれるわけが無いのだ。イイカゲン、「色」が欲しいと思うのは僕だけではあるまい。
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カート・コバーン

オアシス

レディオヘッド
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