LA.METAL 19. LAメタル 

モトリークルー


モトリーの1stアルバム
「トゥ・ファスト・フォー・ラブ




メタルバンド史上初の
全米一位を記録した
クワイエットライオットの
「メタルヘルス」



W.A.S.P
レコードデビューはモトリー
と同年だが、Voの
ブラッキー・ローレス
はLAメタルの
兄貴的存在



モトリークルーと
覇を競い合ったRATT



メタルではなく
ご機嫌なPOPn'ROLL
ポイズン






イギリス出身の
デフ・レパードは
「ヒステリア」で自身初の
全米1位を獲得した

世界の大物や有力な新人たちが活躍する中、ヴァン・ヘイレンに遅れること4年、モトリー・クルーがデビューする。
 82年に発表されたデビューアルバム「TOO FAST FOR LOVE」は、実は前年の81年にバンド自身が自主制作してインディー・レーベルから発売していた同名の物を、ヴォーカルの録り直しやリミックスをし直して発売された物だが、これが発売されるや否やいきなりゴールド・ディスク獲得という快挙を成し遂げる。
 彼等のそのやたらと厚化粧した顔に、鋲やチェーンなどのアクセサリーで飾られたきわどいデザインのレザー・ファッションは、グラマラスでもあり、パンキッシュでもあった。そしてそのルックスは、当時、人々に刺々しい妖しさと危険性を感じさせた。
 そんなルックスのバンドが開局したばかりのMTVでも次々とプロモーション・ビデオを流し、もちろん、ビデオでもクルーは自分たちのイメージを徹底的に打ち出したものだから、アメリカの学校などでは生徒がモトリー・クルーを聴くことを禁止するところもあった。
 とにかくモトリー・クルーは続く83年の「シャウト・アット・ザ・デビル」、85年の「シアター・オブ・ペイン」が出る頃にはその名を全米のみならず世界中に轟かせていたのだった。

ヴァン・ヘイレンに続いてまたもLAから大物新人が出たことで、彼らが本拠地にしていたロサンゼルス周辺のメタルバンドにスポットライトが当たりはじめる。中でも、クワイエット・ライオット、W.A.S.Pラットドッケンポイズンラフカットなどのバンドは人気を博した。
 中でも重要なのは、クワイエット・ライオットである。クワイエット・ライオットは、オジー・オズボーンバンドに移籍後、飛行機事故で命を落とした故・ランディ・ローズが10代の頃に結成したバンドで、ランディがオジーのバンドに入るまで地道に活動していた。
 ランディが25歳の若さで世を去ると、元メンバーのケヴィン・ダヴロウ(Vo)はランディの遺志を引き継ぐ形でクワイエット・ライオットを復活させ、アルバム「メタル・ヘルス〜ランディ・ローズに捧ぐ〜」をレコーディング。
 83年、そのアルバムが発売されるや、なんとメタルバンドでは史上初の全米一位を獲得してしまう。シングル「カモン・フィール・ザ・ノイズ」(スレードのカバー曲)も全米5位まで上昇。
 まさに時代が、若者が、ヘヴィー・メタルを求めていることを裏付ける事件であった。

 ところで、「L.Aメタル」もしくはそれ系のバンドのことを英語ではひとくくりに「ヘアバンド」「ヘアメタル」もしくは「グラム・メタル」と言ったりもするが、それはみなモシャモシャした長髪でグラムとメタルが混ざったような格好をしていたからである。
 彼等「ヘヴィメタ」勢は注目を集めた時期がほぼ同じだったためかモトリー以外、その人気は横一線といった具合で、バンドのイメージも同じジャンルの音楽を志向しているせいか、似たり寄ったりだった。
 ビデオの内容も、ブロンド美女を生贄にしているか逆セクハラされているか、もしくはライブ会場に突進してきたバイクが爆発しヘルメットを脱いだら歯抜けのジイサンだったといった、意味不明のものが多かった。
 また、ヴァン・ヘイレンのギタリスト、エディー・ヴァン・ヘイレンが一風変わったギター(形はフェンダーのストラトだが縞々の塗装の入ったデザインが斬新)を持っていたのが影響していると思われるが、ヘヴィ・メタルバンドのミュージシャンたちは自分のトレードマークとも言えるようなオリジナルの変形ギターを持ち始める。
 それまでの大物ギタリスト達にもそれぞれトレードマークのようなギターは使っていたが、そのほとんどが大手メーカーの規制規格品を自分好みにチューン・アップしたもので、自分でデザインして自分で組み立てたのはハード・ロックではクイーンのブライアン・メイぐらいだった。
 しかし80年代に入り、これらへヴィ・メタルバンドがオリジナルな楽器を欲しがったことで、楽器製造メーカー各社は、ミュージシャンの要望を取り入れた楽器を開発し、そしてそれと同じ仕様(スペック)のものを製造し、店頭でも販売するようになった。これを「シグネイチャー」または「シグネイチャーモデル」という。

しかし、一世を風靡した『ヘビメタブーム』も、長くは続かなかった。ボンジョヴィの「ニュー・ジャージー」(88年)、ポイズンの「初めての・・・AHH!」(88年)、モトリー・クルーの「ドクター・フィール・グッド」(89年)、アリス・クーパーの「トラッシュ」(89年)、デフ・レパードの「ヒステリア」(87年)といった、モンスター級のヒットを飛ばしたのを最後に、その黄金時代に幕を閉じる。
 
 LAを拠点としていたバンドに限らず、80年代前半〜半ばにデビューしたヘヴィ・メタル系のバンドは、90年代に入り急速に廃れ始め、HM/HR系のバンドでは、かすかにメタリカ、ガンズ・アンドローゼズ、スキッド・ロウなどが新しい時代の波に乗ることに成功し、新たなHM/HRファンを開拓していく・・・。

第20話「夢から現実へ〜ガンズとメタリカ〜」 続きを読む⇒





    





産業廃棄物 収集運搬業 許可 行政書士